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アンティと呼ばれて30年@シンガポール

1年以上

最近、来星された日本人の方が『シンガポールには文化らしい文化がない。』と嘆いておられました。我々”ご当地モノ”とか”お国柄”とか”ものづくり”が大好きな民族ですから、そういう風な印象を持たれても仕方がないのでしょうね~。ここに住む外国人の方からも、インドネシアやマレーシアと比べてシンガポールの文化って何?と言われることは多いです。今日は、ちょっと、その背景を探ってみましょうか?

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シンガポールという国が、50年という短い期間で、世界的に見ても飛躍的な進歩を遂げたのは周知のとおりです。これはリークアンユーという政治家が率いたシンガポール政府が、時には世界的にも批判の的になった、少々強引とも言える
”シンガポールを一流の国にする”
という目的を達する為の政策と戦略の結果です。

1965年の独立時のシンガポールは、マレー系と中国系の激しい衝突が続く貧しい一漁港でした。マレーシアとその一州であったシンガポールは政治的な見解の衝突が度重なり、最終的にマレーシアから放り出されて、やむなく独立せざる得ない立場に陥ります。

今年の建国記念日前後には、リークアンユー氏が涙を堪え切れずに記者会見を中断する当時のTVインタビューが再々放送されましたが、あれは、マレーシアから放り出されて途方にくれるPAP(人民活動党)党首の姿です。

それから50年という短い期間でシンガポールは国歌:マジュラ・シンガプーラ(進め シンガポール)のごとく驚異的な躍進を遂げるのですが、その躍進を築いた政策の一つが徹底的なエリート養成政策でした。つまり国を司る人材創りから全てが始まったのです。

国全体を”ブルーカラーからホワイトカラーへ”。
国を挙げてのプロジェクトの現場でもある学校は、否応無く学生達を泥沼の競争社会に引き込みます。

イギリスの教育制度を取っているシンガポールは、(今現在は知りませんが)90年代中旬頃までは小学生でも試験の結果が悪いと留年し、中学からは成績で通学する学校が決定。その頃のシンガポールには大学も一つしかない狭き門でした。

くわえて、子供の”成績=ステータス”、ひいては家族の社会的ステータスの変わるチャンスでもあった為、親の教育にも熱が入りました。

現職大臣のマーボータン氏は先日:
『ホウカー(屋台)の息子であり、HDB(団地)出身の私が大臣になれた。そんな国が世界中のどこにあるでしょう?』
とスピーチされた通り、政府は出来る生徒には民族や家柄に関係なく教育のチャンスを与え、教育を十分に施された彼らは、政府の狙い通り国や企業のシンクタンクとなっていきました。

ここまでが、シンガポール建国から90年代中頃まで30年のあいだの”国や企業を担っていく人材=エリートを育てる”教育方針でした。
シンガポーリアンのアラフィフから上の人たちは、この教育制度の申し子。大学に行って国や企業や家族を担うのが全て・・という教育を受けてきた人たちです。つまり、勉学することを推奨されましたが、スキルを学ぶことは二の次でした。当時は、スポーツよりも芸術よりも、まず大学進学!がモットーでした。

ですが,建国から30年経った1995年くらいから国にも人材にも余裕が出てきます。つまり、政治やビジネスなどの専門分野だけでなく、他のスキルを伴う分野にも国民の活躍の場を広げていく教育方針が打ち出されます。

先ずはスポーツに着手。知名度のある大会(例:F1)などを招致し、力のある外国人選手に国籍を与え世界大会に出場させる。健康管理面からのアプローチなどから、国民のスポーツの認知度を引き上げました。

次にアートと音楽。美術館、博物館をリニューアルし、ペラナカン文化にスポットライトを当て、多目的型シアターをオープン。さらにメディアと提携してシンガポール人デザイナーやアーティストのプロモーションとサポート、オークションなども盛んに取り入れ、ビジネスや投資に結びつけ、国民の興味をそそります。

教育方面では専門学校の分野を拡張。お家芸の航空エンジニアリングなどの専門技術系分野だけに留まらず、サイエンス、アート、ヘアメイクにファッション、調理、スポーツサイエンスなどなど学べる技術は数知れず。中には「屋台‼︎‼︎‼︎」という分野もあります。

先日、その専門学校の一つ: ITE ( institute of Technical Education) でオープンハウスがありました。無料のワークショップがあるというので、夫とイソイソ出かけてみました。

生徒さん主導で行われたワークショップはスマートフォンのアプリの作り方という専門的なものから日本料理入門までバラエティーに富んでました。

私が参加したのは「エアコンのクリーニング」f^_^;
夫は「下水管の緊急処置」(-_-;)

年を取っても、どこまでも実際的な頭を持つ二人なのでありました。

長い歴史を経て伝統文化を育んできた日本や他のアジア諸国・中東・欧米諸国とは違い、国としての歴史が浅いシンガポール。国としての文化を育む土台もやっと整って、今から本腰を入れてシンガポールらしい文化が生まれてくることと思います。
生きてるうちに見れたらいいなあ~。





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1年以上
私はシンガポールの公立病院とクリニックが大の苦手。

診察してもらう時の流れが、公立だと、

ポリクリニックで初診

病院で専門医の診察

検査

診断

治療 (手術を含む)

となるのだが、各『↓』の待ち時間が平均3ヶ月、下手すると6ヶ月。ポリクリニックの初診から治療にたどり着くまで下手すると1年以上かかってしまう。病気に関しては、早期発見・早期治療がモットーの私は、この待ち時間に我慢できず、だいたい途中で公立病院の診察を棄権退場、それまでの記録を引っさげて私立の病院に駆け込むことが多い。

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私は、5年前に、身体のある一部が絶不調になってしまった。
その不調は、最終的に、家庭よりキャリア向上委員のようだった私に仕事を辞める決心をさせた、その身体の一部は進行性のとある病気にかかっているようだった。

5年前、まだお勤めしていた頃、最初にポリクリニックに行った。症状を話すと、そこのGP(一般医)は、その身体の部分専門のセンターの専門医の予約をしてくれた。
その予約は3ヶ月後だった。

その予約が近づいてきた頃、そのセンターから業務連絡があり、予約日に医者が休暇に出るので日程変更を告げてきた。その日程は、その時点から3ヶ月後だった。

ポリックリニックの初診から半年後、やっと専門医に会えた。彼は3分ほど患部を見ると、『検査をして様子を見ます』と言った。その検査の予約は3ヶ月後だった。

初診から9ヶ月後に検査をした。すると、病状を観察するために半年に一回検査をすることになった。その半年に一回の検査は、検査をする人が休暇とかの理由で、しばしば予約が変更された。変更はいつも数ヶ月後だった。

結局、順調に進めば、ポリクリニックの初診から数えて余裕で8回くらい病状観察の検査をしているはずだが、結局、中途予約変更に次ぐ変更で、検査をしたのはトータルで4回。1年に一回検査の割合となった。

で、3ヶ月前、この検査を受けたところ『病気の進行が早まったようなので、精密検査をします。その結果で手術日を決めましょう。』と医者から宣言された。

そして精密検査が来週に迫った今日、そこのセンターから『精密検査日を変更します』と電話がかかってきた。『で、新しい検査日はいつですか?』と尋ねたら。
『来年の2月になります・・・・。』

普段、どんなに理不尽でも、シンガポール政府管理下の公立の医療機関の決定には、(心のうちは怒り心頭しても)素直に頷くことにしている私が、今回は、ちょっとキレタ。私にしては、すごく珍しい。

日頃から、お世話になっているシンガポールの公共医療機関の長い待ち時間に現場観察していると、そこで働いている人たちは、決して遊んでいるわけではないことが分かる。特に、待合室に座りきれないほどの患者数に対して医者一人と看護師と事務員。それだけの人数で、約100人くらいの患者を3時間強で坦々とさばいていく。完全なるマニュアル化の流れ作業。回転鮨さながらだ。

私は、患者として、医療機関というストレスだらけの職場を観察して、絶対的なマンパワー不足を、ここ5年間、毎度見せつけられたわけで、(医者の技量はともかくとして)、そこで働く人たちには、ちゃんと休暇を取って欲しいと思っている。

だが・・・で、ある。患者の都合でなく、病院側の都合で変更される検査や診察の予約・・・。それも、一度だけでなく、二回に一回・・つまり50%くらいの割合で変更される。その変更日は、数日だけずれるのではなく、数ヶ月、下手すると半年ずれ込む。

私の進行性の病気に至っては、すでに5年間専門医療機関に通っていて、未だに治療決定まで行き着いてない。いくら人手が足りないと言っても、ちょっと変でしょ?

で、今日、
『来週の精密検査を来年2016年の2月に変更します
と電話をかけてきた事務員さんを、結果、ビビらせた


『この5年間、おたくの病院は、50%の割合で私の予約を変更し続けました。よって、3ヶ月に一度の検査のはずが、半年に一度のペースとなりました。』
『わたしの病気は進行性です。予約変更を担当されている貴女は、患者の過去データを全く知る由はないので、ここで貴女に苦情を言っても詮無いのですが・・・』
予約係
『わたしは医者ではないので、貴女がどういった病気かも存じ上げません。わたしは、病院から、その日の予約変更を言い渡されたので、予約を振り替え、皆様に連絡を差し上げているだけです。』

『分かります。貴女達のお仕事が、ただ単に、予約の振り分けをするだけというのは重々知ってます。』
『ですが、来週の予約の変更が来年の2月というのは納得いきません。医者からのオーダーですか?』
予約係
『いいえ、その週は医者が研修のため不在となりますのでキャンセルします。そこで、次に空いている精密検査のスロットが来年の2月となります。』

『来週から来年の2月まで精密検査は受けられないのですか?』
予約係
『すでに予約で一杯の状況です。』

『もう一度言いますが、私の病気は進行性です。
すでに発見から5年が過ぎてます。
スピードは遅いですが、毎日確実に進行しています。
次回の検査は来週でした。それが、おたくの病院の都合で5ヶ月後に変更されます。
その結果の診断は、早くて3ヶ月後。ということは来年の5月か6月ですね?
そこから手術とかになると、外科・スタッフ・手術室・ベッドを確保するのに1年くらい待つらしいですから、私の治療は約2年後ということになります。初診から治療までに7年かかる見込みというわけです。
私の病気は死に至りません。
ですが、進行状況によっては、私は、この器官の機能を完全に失うことになります。別に、貴女や貴女の家族、ましてや担当されるお医者様にも関係ないことだとは思います。でも、私は、この機能を失えば、完全なハンディキャップとなって一人で生活するのが不可能になります。
病院は、患者の命に別条がなければ大したことではない・・ハンディキャップになってもToo Badですむのでしょうが、
初診から治療に至るまでの経過が、病院側だけの不都合の予約変更で7年もかかり、治療が遅れた代償に、患者の患部が機能不全となり、患者が責任とされるのには納得がいきません。この予約変更は受けかねます。』
予約係
『ごめんなさい。でも、来週はキャンセルで、来年の2月までは空きはありません。
私は、予約を埋めるのが仕事で、その変更によって患者さんがこうむるであろう病気への影響等は感知できないシステムなのです。』

この後、30分くらいやり取りがあって、結局、今までの検査データ全部をセンターから提供してもらい。私立の病院に移動することに決めた。

いくら、国が誇る専門医療センターだろうが、予約の変更に次ぐ変更で、検査と治療が間に合わず、最終的に自分の身体の一部の機能を完全に失うのを指をくわえて見ているわけにはいかない。

この10年の人口増加でシンガポールは経済的には安定しているのだろうが、
10年前には予想もしなかった形で、我々の生活にしわ寄せがきているようです・・。





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1年以上

中華料理と一言でいっても、北京、上海、香港、四川、台湾、潮州、福建、客家、(まだまだあるけど省略御免)、、地方によって全然違う。


それに加えて、東南アジア諸国に散らばった華僑達は、チキンライスに代表されるペラナカン料理をからもわかるように、自分たちの出身地料理に、長年かけて、住んでいる地域の料理のアレンジを加えているので、俗にいう中華料理には天文学的数の料理がある。

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80年中旬、シンガポール人の嫁になって、最初の数年、夫の両親と同居した。

それまで、シンガポールの大学の寮でジモティと共に数年生活した経験はあったものの、ホームステイの経験はなかった為、最初は戸惑うことが多かった。

中でも、一番の衝撃は、義母が、家で料理をほとんどしなかったことだ。

今でこそ、
生活習慣病などの改善からスローフードが浸透し始め、また、世界中で未曾有のグルメブームも重なり、家で料理を楽しむ家庭も増えたが、

30年前は、住宅街の一角、歩いて通える距離には必ず「ジーチャア」と呼ばれる家庭料理を提供する屋台があり、

そこで料理をオーダーして持ち帰り、家で炊いたご飯で食卓を囲む家庭が多かった。
今でも、昔から存在するHDBの下には、このジーチャアがあり円卓を囲むジモティで賑わっている。

そんな家庭内の料理環境なので、日頃調理をしない義母が時々試作する料理は酷かった。だから、皆、箸をつけない。で、料理しない。ますます下手になる、、の悪循環だった。

そんな義母が一つだけ必ず自分で作る料理があった。

それは、スープ。

中華スープといっても、各出身地方によって、具や作り方は違うそうだが、中華スープで一番高級とされる「佛跳牆」(福建のスープ)、シンガポール人が大好きなピッグオーガンスープ(豚の内臓スープ :潮州)など、いろんなバラエティーがある。

料理が不得意な義母は、もちろん、そんなスキルのいるスープは作らなかったけれど、滋養たっぷりのお袋の味をスープで表現した。

で、そこで問題なのが、料理の出来ない義母がどうしてスープだけ作れたか?

それは、この家電機器が義母の強い味方だった。

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スロークッカーと言います。

材料入れて、水入れて、放置数時間。
どんなにズボラな人間でも素晴らしいスープが作れます。

これを知って以来、手放せなくなった私。今では、海外に住む子供も使ってます。

今日は、クレソンとチキンのスープ。
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クレソンとチキンに生姜を加え、塩胡椒。
水入れて、低温に設定。6時間後には完成。

子供は、これで中華ゼンザイや清湯という中華デザートを作るそうです。

レンコンや牛蒡を入れて作る根菜スープや台湾風ビーフスープ、薬膳スープも作れます。

味噌汁も好きですが、手抜きし放題で作る中華スープも美味しいですよん。





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1年以上

シンガポール人は、低い方の温度には凄く鈍感だけど、高くて蒸し暑いのには非常に敏感。


ちょっとでも日が入って部屋が暑くなると、うち義母と夫はもう大騒ぎである。日本の夏に一度夫と里帰りしたことがあるが、昼間は床の間で死んでいた。

そんなシンガポール人達が、二日前から
やたら「暑い!暑い!暑い!」と連発。
ジムでスッキリ汗をかきたいのに「エアコンの設定温度を下げろ~」とか「心臓麻痺になる~」の大合唱。
遂にはMRTまで歩いて3分位なのに「暑すぎて歩けないからバスに乗る」だと。

そんなに暑いかな?と温度に鈍感な私は気にも留めなかったが、昨日、その暑さの原因が分かった。

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悪名高きシンガポール名物
ヘイズ到来!

ヘイズとは、
小さい塵が空にかかっている状態
のことを言う。

つまり大気汚染。昔で言うスモッグよん。

シンガポールのヘイズは、マレーシアとかインドネシアの大規模な焼畑の煙が風に乗って飛んでてシンガポール上空を覆います。まあ煙が原因なので、きな臭いし、やたら目はチカチカ、喉と鼻はイガイガ。

因みに、シンガポールのNational Environment Agency (国立環境機関)は、大気汚染の基準をPSI値で表します。

テレビでは、PSI値をこんな感じで表示。
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左上に過去24時間と3時間の数値がわかるようになってます。

因みにPSI基準値は:
 1ー50: 良い
51-100: 普通 (健康に異常なし)
101-200: 不健康
201-300: 非常に不健康
301-400: 危険
となってます。

昨日、そのPSI値が一時期100を超えました。
言わずもがな不健康レベルをマーク。

2013年の6月にはPSIが400超えた日もあり数日間外出を控えましたこともありました。

今、現在は75ですが、私の住んでいるエリアは空気がキナ臭い。洗濯物に臭いつかないといいけど。





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私は楽しんでる派!

本文はここから

今年8月9日に建国50周年を迎えたシンガポール。
毎年行われるシンガポールの建国記念パレードは派手で有名ですが、
今年のそれは別格。
50年という節目の年でもあり、政府とメディア、それに国民が一体となって”SG50”と銘打って作り上げたNDP(建国記念日パレード)は壮観。
気合が入ったものでした

シンガポールという国はスローガンを打ち立てるのが得意です。
建国記念日も例外ではなく、今年のテーマは言わずもがな:


"Together as One(共にひとつ)One Singapore (シンガポールは一つ)”
・・シンガポールならではのテーマ、
多民族国家をまとめあげた国ならではのスローガンでした。

一昔前は文化芸術促進のため民族色を強く打ち出した時期もあったシンガポール。
国を一つにまとめるという意味で、ここ最近の国の政策の傾向では”民族を超えてシンガポールはひとつ”という傾向を強く打ち出しています。

こういったスローガンやPRの成果もあり、昔は『私は中華系・マレー系・インド系』と民族別に自己紹介や主張する人が多かったシンガポーリアンですが、最近は『シンガポール人です』と自己紹介する人のほうが多くなりました。

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豪華絢爛だった50周年建国記念パレードの余韻もあって、今年8月、まだまだお祭り気分漂うシンガポール。『I  SINGAPORE』 とか『シンガポールは我が誇り』で、まだアゲアゲムード。

そんな
上昇気分を見逃すわけがないシンガポール政府。
『鉄は熱いうちに打て』の鉄則の元、2017年1月だった次の総選挙をどうやら来月に超繰り上げて行うらしい。日取りなどの公式発表は今週末あたり。


シンガポールという国は、(海外からもよく批判されるのですが)リークアンユー元首相が率いたPAP(人民行動党)が圧倒的な強さを誇る単一政党の国として世界には知られています。(野党も数人いたのよ、念のため)
結果としては、そのために政策もゴリ押しできて、50年という短期間で、ここまで発展したのですが・・あまり民主主義的でないため、環境が公平じゃないと不満を持っている国民もいました。

特に2005年前後から導入された外国人導入制度は経済安定を図る役目を果す反面、国民の不安感を煽り、公共交通機関の環境が悪化すると同時に一気に不満は爆発。
2011年に行われた総選挙では当時の外務大臣が率いた地区が至上初めて野党に敗れ、他の区も野党に僅差まで追い詰められ、PAPが追い詰められた結果となりました。

そこで挽回を図りたいPAP.。国民の幸せムードに乗っかって、ここで一気に奪回したい模様。巷では、もうすでに立候補者たちの選挙運動も始まり、その動向が連日メディアにも取り上げられてます。

今回の選挙の最大の焦点は二点。
ズバリ、『外国人』と『高齢者』。
(尚、運輸大臣が今期で辞職と先日発表。立候補しないことを決めたので、MRTなどの公共交通機関の今後にも注目が集まり始めてます。)


特に、今回は、今まで、あまり政策対象にならなかった高齢者の医療や年金の対策が大きく取り上げられてます。

シンガポールに住まれている方なら覚えていらっしゃるかもしれませんが、
去年建国49周年のテーマは『パイオニア(開拓者)』でした。まだ50歳のシンガポールでは国を創り上げた第一の世代をパイオニアと呼びます。

10~30年先を常に見ているとされるシンガポール。
すでに、去年から『パイオニアカード』なるものを配布し、パイオニアの方々には、いろいろな特典を受けられるように配慮がなされてきました。

で、そのパイオニアカードと並行して、以前からいろいろ不満が出ていた”高齢者用の医療保険制度 ”にも着手、改革を推進し、パイオニア及びその予備軍のための新しい国民医療保険制度"Medishield"なるものをこのタイミングで発表。高齢者の医療保険の負担を軽くする制度で、(今までは子供と若者だけだったが)年寄りにも優しい政府を猛アッピール開始。

そのアッピールぶりはコマーシャルにも及びます。
高齢者、特に中華系は英語を喋れないお年寄りが少なからずいます。そういったお年寄りにも、このMedishildのことを知ってほしいシンガポール政府、今回は中国方言別にコマーシャルをつくちゃった。

シンガポールの主な中華民族は:福建・潮州・広東

先ずは広東語のPRビデオ:



お次は潮州語バージョン


最後に福建後バージョン


この方言別プロモーションビデオ自体の出来が良くてびっくりした~~

あまりにも三民族の特徴を捉えていて、これ作成した広告クリエーター、超センスが光ります。人間観察に非常に優れた方と推測します。

広東人、代表はいわずとしれた香港人。背景、真っ赤で金ピカ、”保険PR”というよりカジノですね(笑)。ちなみにBGMはホイ三兄弟のMr Boo ”人は金を稼ぐために生きる”です。これ知ってる人、お友達になれるな~~(爆笑)。
↓、これオリジナル映画の予告です(笑!‼︎!)。



ちなみに広東人男子は中国系の中で一番色気があるイケメンと言われています。
が、私はお目にかかったことはありません。

潮州人は何歳になっても『かわい~~い』が好きです。ピラピラ、ヒラヒラ、ぬいぐるみやキャラクターが大好きです。どんなに年取ったオバアでも、恥ずかしげもなく友達同士で『シャオジエ(お嬢さん)』と呼び合います。

福建人はコミカルです。まさに西遊記の世界。一つ屋根の下、オカンが全てを牛耳ってオトンを手のひらに転がす。イメージ・イメージ(大笑)。豪快です。

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余談ですが、シンガポールの選挙投票は国民の義務です。よって、投票しなかった人は罪に問われます。よって投票日は、皆、必死で投票所に駆けつけますです 
日本の国民三大義務と比べると・・超違いますね・・。

大成功に終わった建国50周年記念パレードと、その余韻がまだ色濃く残るシンガポール。そして、この機会を利用して一気に叩きこみ2011年の汚名挽回を図りたいシンガポール人民活動党(PAP)。そうはさせないと、新しい政党を引っさげて立候補する第二世代のシンガポーリアン達。

今年は50周年節目の年だけあって、ますます盛り上がりそうなシンガポール国内事情から目が離せません。




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アンティと呼ばれて30年@シンガポール

作者:auntie88

アンティと呼ばれて30年@シンガポール

Auntieとはシングリッシュで”おばさん”の意。シンガポールに住み始めて30年。現地化したおばちゃんが綴るディープなシンガポール情報。時々、黒いオバちゃんも登場しますが、更年期と思ってそっとしておいてね。

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