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国際都市シンガポールで暮らすコンサルタントの異文化日記

1年以上
ここ数週間、殺人的に忙しくブログの更新が遅くなりました。
「読んでますよ~」から「いつになったら更新するつもりなんだぁ!」まで、叱咤激励のメールをお送り下さった方々、ありがとうございます。

さて、前回の文末に「日本の給料と比較してかなり下がりましたが、あまり気になりませんでした。そんな比較自体がナンセンスであることを知っていたからです」と書いたのですが、それは事実でした。

仕事のやりがい云々を語ればそれぞれの個人の価値観に左右されると思いますので、今回は現実的かつ具体的に「日本の給与VSシンガポールの給与」の比較でお話を続けたいと思います。

日本の給与システムと当地のシステムで大きく異なるのは、シンガポールでは所得税以外に引かれるものがない、ということです(永住権保持者は異なります)。私は2003年からの数年間をシンガポール企業の日本駐在員として東京で勤務したのですが、その際に給与から引かれる項目の多いことに改めてため息をつきました。

所得税、住民税、厚生年金、社会保険料...余談ですが住民税は最初の年は課されない代わりに退職後の1年間にも請求されましたので、無収入となってからもかなりの金額を支払いました。厚生年金などどう考えても支払った額に見合う支給がなされるとは思えないのですが、これまたかなりの金額が毎月天引きされます。所得税に至っては独身、扶養家族なしですから、一切の控除がなく「これでもか!」という金額が毎月引かれていました。

片やシンガポールでは、まず住民税が存在しません。個人所得税のみです。これは1月から12月までを1年間として、その年の所得を個人個人で確定申告します。累進課税制ですから年収により若干の違いがあるものの、1か月分の給与額を所得税の支払いに充てておけばまず大丈夫だろうと思われます。大半の会社がAWSという名の固定ボーナスを支給しており、これが1か月分の給与と同額で年末に支払われますので、この金額をそのまま税金の支払いに取っておけば不足することはまずありません。 確定申告は通常、翌年の4月15日までにそれぞれが行い、その申告に応じて「これだけ税金払ってね」と税務署(IRAS)から請求書が来るのです。それが来たら各自支払いをすれば良いのです。

ですから、毎月の給与が3500ドルであれば、満額がそのまま銀行口座に振り込まれます。

医療費については会社間で若干の違いがあるものの、多くは会社指定のクリニックがあり、そこで日常的な疾病(風邪や腹痛など)を治療する場合は無料または2-3割の負担で済みます。入院については会社が団体保険に加入していることが多いので、よほどの大病でなければこの団体入院保険でカバーされます。少なくとも私が勤務した会社は全てそうでした。

よく日本の国民年金は任意で続けた方がよいのか、と尋ねられますが、私個人としては日本出国時に「カラ期間扱い」に変えてもらいました。カラ期間は未納期間ではないので、本来であれば25年間は加入していなければ支払われない国民年金ですが、カラ期間はその25年間の一部として取り扱われます。但し、カラ期間中は実際に支払ってはいないので当然支給額はその分減ります。ただ、年齢にもよるでしょうが、今の時代、本当に払っただけの支給がされるのか、あるいはシンガポールで利回りの金融商品にでも投資したほうがよいのか、は意見が分かれるところです。ちなみに私は完全に後者の方でした。

私の当時の1か月分の予算をお知らせすると、
1) 家賃(女性2人とプライベートアパートメントをシェア。専用シャワーのある個室を借りる)$800
2) 食費(大半は外食。普段はローカルフード、週末などは友人と食べ歩き)$500
3) エステその他、美容関係 $200
4) 携帯(会社支給でしたので無料)
5) 通信費(日本への電話など)$50
6) 交通費その他 $200
以上。つまり住んで食べていくだけで$1750でした。
給与のちょうど半額で基本的な生活は成り立ちました。
特にお金のかかる趣味などがなかったせいか、私の場合これで充分でしたね。
でも3ヶ月に一度、ど~んとブランド物買ったりはしました。それもバッグや財布など比較的長く使えるものです。時計などはボーナスや昇進して昇給した時などに記念として買いました。

ですから毎月$1000貯金にまわしてもまだ余りました。
まとまって投資するほどの金額はありませんので、まずは手堅くFixed Deposit (FD)、つまり定期預金を利用しました。1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月の利回りを比べても元本がその程度ですからたいした差はつきません。ですから私は毎月1ヶ月もの定期預金に1000ドルづつ預け入れたのです。1ヵ月後の満期が来ても放っておけばそのまま自動的に更新されていきます。それにこうしておけば、いざまとまってお金が必要になっても毎月満期が来るので1000ドルまでならさほど待たなくても解約できます(中途解約も可能ですが、利回りが落ちます)。こうして1年間に12000ドルプラス業績連動ボーナスのきっちり半分を貯めました。

この「毎月1000ドル定期」はかなり長いこと続けました。
ある程度の金額がまとまったら一本化して更に利回りの良い期間に預け換えました。
起業する際にいくつかは解約し、その後、投信などにも振り分けましたが、まだ運用され続けている定期もあります。新しいライフスタイルに入る最初の段階で、お金の管理をする習慣をつけてしまうと後が楽であることを知りました。いくら以上の買い物であればクレジットカードを使う、というルールも作りました。こうしておくと手元にレシートが残りますから、今月はまとまった買い物がいくらあったのかが常に把握できます。

日本にいた頃より給与額の額面だけで比較すればたしかに下がりましたが、日本の一人暮らしのOLが1年間で100万円以上を数年にわたり貯金していくのは難しいのではないでしょうか。

給与を考える時、額面金額の差より実際の生活コストを割り出してそこからいくらぐらい貯めていけるか、を考えてみるほうが現実的です。勿論、いつかは日本に帰ると決めている人は、ある程度の金額がまとまった段階で米ドル、オーストラリアドルなどに分散投資して為替リスクを少なくしておくべきでしょう。ただ、シンガポールドルはかつてのアジア通貨危機をも乗り越え堅調に推移していますから、この先、急落するとは思えません。安定通貨だけに利回りもそれほど高くなくなってきているので(日本よりは高いですが)、最近は他通貨に振り分けて預けたりしています。

額面給与の比較という表面的な事象にとらわれず、「実質的にはどうか」という実態を捉えれば、シンガポールで支給されている給与額はそれほど悪くないのではないでしょうか。全てはやり方次第だと思うのです。


(次回に続きます)

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1年以上
不遜な言い方をすれば、私は「生まれる国は選べないけど死ぬ国は選べる」と思っています。

日本人として生まれたことを誇りに思い、日本は今でも大好きな場所ではありますが、前回のブログで書いた通り「このまま日本にいて幸せに暮らせるんだろうか?」という疑問は現実問題として日々大きくなっていったのです。

そんな時にシンガポール人と結婚した高校時代の友人と会い、シンガポールに何度か遊びに来るようになりました。その前にも銀行勤務時代、上司のお供でシンガポールのMAS(金融庁)に表敬訪問に来たこともあり、シンガポールについては「アジアでありながらビジネスは欧米的(?)」というわりと良い印象を持っていたのです。

新卒から外資系企業に勤めていた自分にとって、コテコテのアジア的ビジネス文化はなじまないものがありましたが、かといって米国留学時代、人種差別をそれなりに経験したこともあって欧米へ一足飛びに就職する勇気はなかったのです。シンガポールには、中途半端に(?)欧米のドライさがあるようなアジアのコスモポリタン都市という漠然とした、しかし良いイメージを持っていたのです。

今でこそ当時ほどには物価は安くなくなりましたが、12年前は本当に何でも安く感じました。

収入-支出=利益の原則はいずこも同じ。ここでなら家が買えるかもしれない。単純に言えばそう考えたのです。海外といっても飛行機で7時間も飛べば帰れるし、インターネットなるものが近い将来、各国間をボーダーレスにしていくとの話も聞いていました(そしてそれはほんの数年後に実現されました)。

思いついたら行動あるのみ、の私は早速、まずは命題「シンガポールで暮らせるのか?」について調べ始めたのでした。期待ばかりが先行し、まだそのインターネットなるものもそれほど普及していなかった1996年初頭のことです。情報を集めるのにとにかく苦労しました。そのあたりは昨年8月12日付ブログ「10年前の海外就職」、9月2日付「シンガポール就職記・その1」、12月16日付「シンガポール就職記・その2」に詳しく書きましたのでご覧になってください。

自分を人材として「売る」ためには、そして数年働いて帰国ではなく場合によってはそれこそ「家を買うまで」シンガポールに残るかもしれない...ならば就職先はどう選べば良いのだろうか? そんなことをあれこれ考えました。今から思うと極めて単純で浅はかな考えではありましたが、自分なりのJustificationをもって考え出したのが次ぎの結論でした。

1. 日本人であることが人材価値のプレミアムになること
2. 国籍にかかわらず昇進の機会があること
3. 日系企業の場合、本社派遣、現地採用との間で任せられる業務にあまり差がないこと


勿論、これに自分のこれまでの経歴が活かされる就職先であることは言うまでもありません。

私は一貫して企画営業の世界にいましたので物販の経験はありませんでした。ですからモノが流通していく流れはまったく理解できるセンスがなく、しかし、お客様のニーズを汲み取って提案してセールスに結び付けていくことは、多少業界が異なっても出来るだろうとの自負がありました。

日系、現地資本、欧米系と面接の機会をいただき、日系2社と現地資本系1社から内定が出ました。

現地資本系と言っても本社がシンガポールにあるということだけで、社長はフランス人でしたし、社内には当時17カ国からのスタッフが働いていましたのでかなり欧米的な社風でもありました。日本人マーケットを担当するマーケティングスタッフが欲しいとのこと。当時、かなりの比率で日本人マーケットのビジネスを手掛けていた会社でした。

ここでなら、日本人であるだけで希少価値を生む。国籍に関わらず昇進できる。
上記、2点は早くもクリアでした。

もっとも、後日わかったのは(骨身にしみたのは)、日本人であることを重宝がられるのは最初のうちだけで後は徹底した実力主義であったこと。昇進の機会が平等であるということは、英語のハンディなどおかまいなしに業績査定も手加減なくされるシビアな環境であること、でしたが。

当時、33歳。マーケティングエグゼクティブ(こちらではマーケティング担当、ぐらいの意味)での募集でしたが、面接最後にやる気と多少のはったり(?)でアシスタント・マーケティング・マネジャーとして採用されました。初任給、3500ドル。残業手当なし。当時のレートで換算すると22万5千円ぐらいでしょうか。どれだけ働いても3500ドル、というわけです。

日本では、その直前に旅行会社で企画営業をやっていました。旅行会社というのは業界的にそれほど給与レベルは高くないのですが、それでも単純比較すればかなり減りました。旅行会社の前は外資系証券会社でしたから、その水準と比較すれば雲泥の差です。

しかし、あまり気になりませんでした。
そんな比較自体がナンセンスであることを知っていたからです。

(次回に続きます)

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1年以上
先日、ある資産運用セミナーに出席しました。
経済ジャーナリストの浅井隆さんという方による講演会でした。
資産運用といえるほどの資産はあるのか?と自問しつつも、こういう機会にはできるだけ出るようにしています。潤沢な資産など無いからこそ最初から効率的に貯める方法を学びたいからです。

初心者向けということでしたので実践的な運用ノウハウよりも、今の世界経済そして日本、シンガポール経済を歴史とデータで捉え危機意識を持たせるのを主眼としていらしたようで、その意味では良いきっかけを与えていただいたと思います。

シンガポールは今、不動産市場の異常な高騰に例を見るように経済が過熱しています。サブプライムローンの問題に端を発したアメリカ経済の先行き不透明感は話としてはあるものの、シンガポールにいる限りそれを実感を持って捉えるのはまだ先のようにも感じられます。

しかし、経済は景気サイクルの長短はあれど歴史的に長い目で見れば均衡を保つように出来ており、それであれば今の景気がこのまま長続きするのはあり得ない現象と言えるわけです。

歴史的に見ても100年前つまり20世紀への移行期にはパリ万博の好景気から第一次世界大戦、その後、大恐慌の時代が訪れ第二次世界大戦へと続いています。こうした時期に国家間のパワーシフトが起こるそうで、100年前はそれが英国から米国へ、現代に置き換えれば相手は中国になるとのこと。

また、今世紀、産業の原動力となっていた原油は今や統計上枯渇する時期が読めるまでになり、代替エネルギーの開発が急ピッチで行われています。同時に異常気候現象に影響される穀物相場の急変など、経済の前提条件が様々に変化する時代に入ってきています。先の読めない時代であると言うことでしょうか。

日本の国家負債は1千兆円を超え、雇用や社会保障制度の枠組みが崩壊し、頼ってきたものが頼れなくなってきているにも関わらず、まだ日本人は根拠のない自信と安心感の上に安住している。それを打破するために自分で情報を得よ、人生にリスクヘッジをかけよ、というのがメッセージでした。

そんなお話を聞いていて、12年前、シンガポールに来るきっかけを与えてくれたある日の出来事を思い出しました。

当時、33歳。仕事は面白いし結婚はまだ先でもいいかな、と思い、先々を考えて都内にマンションでも買おうかと思っていました。当時はこういう女性が増えていたらしく、大手の○○不動産が都内に1LDKの単身者用分譲マンションをあるブランド名で売り出した時でした。

JR目黒駅から徒歩10分の好立地の単身者用マンション。賃貸に比べ共有スペースも広く、内装も凝っていました。ベッドルームには小さめでしたが一人なら充分。女性をターゲットにしていると見えてセキュリティとキッチンは充実していました。

で、お値段。

当時の価格ですが、3500万円。手続きのコストやローン利子を入れればほぼ4000万の物件でした。当時も10万円近く家賃に払っていましたし、ボーナスでの増額返済もある。しかし...

「ローンは35年で組んでいただいて云々...」とニコニコ顔で説明する営業マンの顔をぼんやり眺めながら35年間この部屋のためにローンを払い続ける自分を想像しました。

35年後は私は既に68歳。多少の繰上げ返済が可能だとしても定年までは確実にローンはついてまわります。その後に残るのは築35年の1LDKマンションだけなわけです。

「なんかおかしくないか?」
大学卒業後、かれこれ10年働いているが家を買う頭金もたいして貯まっていない(それは自分も悪いのですが)。その後、30年以上も借金返済に明け暮れ、その後にこの程度のマンションしか手元に残らない人生って一体何なんだ...?

将来住むところがなくなると困るし、年齢が高くなると独身の女性は部屋を借りるのも難しくなるという話はそれなりに理解はできました。でも、地方に行けばいくらでも土地は余っているし、そもそも住まいなんてライフステージによって変化する単なる「入れ物」でしかないんじゃない? ライフステージに住まいを合わせるのが本来であって、なぜ人生を犠牲にしてまで住まいのために働かなければならないのか?

「仕事をする場でしかない東京の住まいは賃貸、休暇やまとまった時間を過ごすために長野に一軒屋を持っている。引退後は長野でゆっくり暮らす」と言っていた著名なジャーナリストの方がいました。アメリカに留学していた時にお世話になったファミリーも、家族構成の変化やライフスタイルの変化に応じて家をどんどん住み替えていました。土地・家=資産なんだろうか? 流動性が確保できている市況ならばそれでも良いが、市場が急落したら売るにも売れなくなる。35年ローンを払い終えた時に長野で引退したいと思っても、そのマンションが売れる保証はどこにもないと思いました。

その日を境に私はことある毎に日本の先行きを考えるようになりました。
その状況の変化が自分の人生にどのような影響を及ぼすかを真剣に考えました。


既に高齢化社会への予測は立っていましたし、国家財政は赤字でした。バブル崩壊後で金利はどんどん下がりしかし株式市場はそれに反応しない。税収が足りなくなれば元々積極運用はしない日本政府のこと、増税という手段でしか赤字を埋めることはできないだろうな、と。そうなればこれまで払ってきた年金など払った分すらも戻ってはこないな、と。

そのときの予想は約10年後、経済小説家・幸田真音さんの「日本国債」「代行返上」などの作品を読むと充分当たっていたことを知らされました。

何よりもこれだけ働いてきて、将来にわたりまともに家一軒買えない国にいることがおかしいことのように思えてきたのです。

私の海外就職は実はそこから始まりました。

(次回に続きます)

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先日、ある資産運用セミナーに出席しました。
経済ジャーナリストの浅井隆さんという方による講演会でした。
資産運用といえるほどの資産はあるのか?と自問しつつも、こういう機会にはできるだけ出るようにしています。潤沢な資産など無いからこそ最初から効率的に貯める方法を学びたいからです。

初心者向けということでしたので実践的な運用ノウハウよりも、今の世界経済そして日本、シンガポール経済を歴史とデータで捉え危機意識を持たせるのを主眼としていらしたようで、その意味では良いきっかけを与えていただいたと思います。

シンガポールは今、不動産市場の異常な高騰に例を見るように経済が過熱しています。サブプライムローンの問題に端を発したアメリカ経済の先行き不透明感は話としてはあるものの、シンガポールにいる限りそれを実感を持って捉えるのはまだ先のようにも感じられます。

しかし、経済は景気サイクルの長短はあれど歴史的に長い目で見れば均衡を保つように出来ており、それであれば今の景気がこのまま長続きするのはあり得ない現象と言えるわけです。

歴史的に見ても100年前つまり20世紀への移行期にはパリ万博の好景気から第一次世界大戦、その後、大恐慌の時代が訪れ第二次世界大戦へと続いています。こうした時期に国家間のパワーシフトが起こるそうで、100年前はそれが英国から米国へ、現代に置き換えれば相手は中国になるとのこと。

また、今世紀、産業の原動力となっていた原油は今や統計上枯渇する時期が読めるまでになり、代替エネルギーの開発が急ピッチで行われています。同時に異常気候現象に影響される穀物相場の急変など、経済の前提条件が様々に変化する時代に入ってきています。先の読めない時代であると言うことでしょうか。

日本の国家負債は1千兆円を超え、雇用や社会保障制度の枠組みが崩壊し、頼ってきたものが頼れなくなってきているにも関わらず、まだ日本人は根拠のない自信と安心感の上に安住している。それを打破するために自分で情報を得よ、人生にリスクヘッジをかけよ、というのがメッセージでした。

そんなお話を聞いていて、12年前、シンガポールに来るきっかけを与えてくれたある日の出来事を思い出しました。

当時、33歳。仕事は面白いし結婚はまだ先でもいいかな、と思い、先々を考えて都内にマンションでも買おうかと思っていました。当時はこういう女性が増えていたらしく、大手の○○不動産が都内に1LDKの単身者用分譲マンションをあるブランド名で売り出した時でした。

JR目黒駅から徒歩10分の好立地の単身者用マンション。賃貸に比べ共有スペースも広く、内装も凝っていました。ベッドルームには小さめでしたが一人なら充分。女性をターゲットにしていると見えてセキュリティとキッチンは充実していました。

で、お値段。

当時の価格ですが、3500万円。手続きのコストやローン利子を入れればほぼ4000万の物件でした。当時も10万円近く家賃に払っていましたし、ボーナスでの増額返済もある。しかし...

「ローンは35年で組んでいただいて云々...」とニコニコ顔で説明する営業マンの顔をぼんやり眺めながら35年間この部屋のためにローンを払い続ける自分を想像しました。

35年後は私は既に68歳。多少の繰上げ返済が可能だとしても定年までは確実にローンはついてまわります。その後に残るのは築35年の1LDKマンションだけなわけです。

「なんかおかしくないか?」
大学卒業後、かれこれ10年働いているが家を買う頭金もたいして貯まっていない(それは自分も悪いのですが)。その後、30年以上も借金返済に明け暮れ、その後にこの程度のマンションしか手元に残らない人生って一体何なんだ...?

将来住むところがなくなると困るし、年齢が高くなると独身の女性は部屋を借りるのも難しくなるという話はそれなりに理解はできました。でも、地方に行けばいくらでも土地は余っているし、そもそも住まいなんてライフステージによって変化する単なる「入れ物」でしかないんじゃない? ライフステージに住まいを合わせるのが本来であって、なぜ人生を犠牲にしてまで住まいのために働かなければならないのか?

「仕事をする場でしかない東京の住まいは賃貸、休暇やまとまった時間を過ごすために長野に一軒屋を持っている。引退後は長野でゆっくり暮らす」と言っていた著名なジャーナリストの方がいました。アメリカに留学していた時にお世話になったファミリーも、家族構成の変化やライフスタイルの変化に応じて家をどんどん住み替えていました。土地・家=資産なんだろうか? 流動性が確保できている市況ならばそれでも良いが、市場が急落したら売るにも売れなくなる。35年ローンを払い終えた時に長野で引退したいと思っても、そのマンションが売れる保証はどこにもないと思いました。

その日を境に私はことある毎に日本の先行きを考えるようになりました。
その状況の変化が自分の人生にどのような影響を及ぼすかを真剣に考えました。


既に高齢化社会への予測は立っていましたし、国家財政は赤字でした。バブル崩壊後で金利はどんどん下がりしかし株式市場はそれに反応しない。税収が足りなくなれば元々積極運用はしない日本政府のこと、増税という手段でしか赤字を埋めることはできないだろうな、と。そうなればこれまで払ってきた年金など払った分すらも戻ってはこないな、と。

そのときの予想は約10年後、経済小説家・幸田真音さんの「日本国債」「代行返上」などの作品を読むと充分当たっていたことを知らされました。

何よりもこれだけ働いてきて、将来にわたりまともに家一軒買えない国にいることがおかしいことのように思えてきたのです。

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私が住んでいるシンガポールは日本同様の豊かな国です。しかし、同じアジアの国やアフリカなどでは、本当ならば学校に通う年齢の子供たちが家事の手伝いや、わずかばかりの賃金のために学校にも行かずに働いています。ワールド・ビジョンはそういった子供たちに救いの手を差しのべています。以下のバナーがワールド・ビジョンのホームページにリンクされています。
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国際都市シンガポールで暮らすコンサルタントの異文化日記

作者:Chiaki Kawamura

国際都市シンガポールで暮らすコンサルタントの異文化日記

アジアの玄関シンガポールに暮らして早10年。海外就職、リストラ、海外転職、日本(逆)駐在の波乱万丈を乗り越えて、シンガポールに人材サーチ会社を設立。夢は大きくワールドワイド。世界に羽ばたくチャレンジャーのために。そんな日本人女性経営者の異文化日記。

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