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国際都市シンガポールで暮らすコンサルタントの異文化日記

1年以上
20代の頃、毎年フィンランドのヘルシンキへ行く機会がありました。私の初めての海外出張先はヘルシンキ、いやもっと言えば最初のヨーロッパ上陸地点がこのフィンランドのヘルシンキだったのです。

26歳の9月、当時はFinnAirでしか飛べないシベリアンルート(欧州便はアンカレッジで給油の時代)で到着したヘルシンキ。深い森の中にひたすら突っ込んでいくような着陸でした。

ヘルシンキ港に面したカウパトリ(朝市)でコーヒーとデニッシュペストリーをつまんで、おやつ代わりのブルーベリーやボイズンベリーを買ってオフィスに出勤。9月というのにもう晩秋のような冷たい風、真っ青に晴れ渡った空と海。上空を飛び交うカモメたち。

シベリウスの交響詩フィンランディアそのものの澄み切った空気。その後、訪れた英国、フランス、スペイン、ギリシャ、ドイツ、オーストリア、スイスや東欧の街々とも異なる、よどみない空気に包まれた国。それが私にとってのフィンランドでした。

そんなフィンランドとは緯度も気候も文化も全く異なるシンガポールに、なぜか私は住んでいます。

アジアの国々は大好きだけど、時折、無性にあの冷たく透明な空気がなつかしくなります。

そんな折、知人が主催する会社が1960年代の後半からヘルシンキに在住するピアニスト、舘野泉氏のシンガポール初公演の企画運営をする話を聞きました。イズミ・タテノは当時のフィンランドでも既に有名であり、またクラシック音楽界においても既に確固とした地位を築いている音楽家でいらっしゃいます。フィンランド政府からも終身芸術家手当を支給されているほどの地位にあり、北欧に長く根付いて演奏活動を続けてこられたそうです。

数年前、脳溢血により右半身不随となりながらも、不屈の精神で2年間のリハビリを乗り越え、その後は左手だけの演奏で見事に第一線に復帰されました。CDを聴きましたが片手での演奏とは思えないほど流麗なピアノでした(両手満足にもかかわらず、ソナチネの後半でドロップアウトした自分が情けないです・・・笑)。

フィンランドへの思い、長年のクラシックファンとしての思いから、ささやかながらもコーポレートスポンサーとしてPrime Business Consultancyもご協力させていただくことにいたしました。

今週土曜日にはストレートタイムスの取材と写真撮影も入り、ボランティアの通訳としてお手伝いをさせていただく機会もいただきました。

目を閉じるとカウパトリの上空を海鳥が舞う青い空が浮かんできます。カウパトリ広場から続く階段を上った大聖堂から眺めるヘルシンキ港を見ていると、ちっぽけな悩みなど吹き飛んでしまう壮大さを感じたものでした。

この南国で、あの舘野氏と直接お会いし演奏を聴ける機会をいただいたことに感謝しています。6月1日が本当に楽しみです。

皆様、よろしければ是非、いらしてください。
会場でお会いいたしましょう!

コンサート情報は下記よりどうぞ。
http://www.lamuse-singapore.com/ja.html
1年以上
皆様、ご無沙汰しておりました。

本日はひとつお知らせがあります。
このたび、プライムビジネスコンサルタンシー株式会社(Prime Business Consultancy Pte Ltd)を設立し、これまでのプライムサーチインターナショナルの業務を全て移管いたしました。

プライムサーチインターナショナルではエグゼクティブサーチと一般人材紹介業にほぼ限定していたのですが、新会社ではシンガポールへの進出を考える日本企業のための市場参入コンサルティングに代表される包括的な経営コンサルティングを提供してまいります。

単に法人設立の手続きだけではなく、「そもそも当社はシンガポールへ進出するべきか?」「進出する場合、当社の製品・サービスの市場競争力はどの程度なのか?」「必要な提携先や販売代理店は見つかるのか?」というところから、現場の視点でサポートを提供させていただきます。

そしてシンガポールへの進出が本格的に決定した際には、既にある程度の顧客ベースを確立できるようにするというのが狙いです。

勿論、人材紹介もさせていただきます。新会社名で新たに人材紹介業ライセンスも取得し、これまで以上にマネジメントレベルの人材紹介を充実させてまいります。

包括的な進出支援サポートの一環として、組織作り、人材獲得が位置づけられるわけです。

年末からこれまで2つの大きなプロジェクトが走る中、人材紹介のお仕事でもそこそこ忙しくさせていただき、何人かの方々が新たにシンガポールでのキャリアをスタートさせました。その間にホームページの制作やメディアへの広告、重要なビジネスネットワーク先への新会社の紹介訪問などなど・・・本当に冗談でなく年末からの土日で完全休業をしたのは2日だけなんですよ。クリスマス、元旦、旧正月の2日間も終日仕事でした(ご一緒に働いたクライアント各氏もタフでしたね!)。

というわけで、ようやく正式なご挨拶ができる運びとなりました。
シンガポールの日本語紙・アジアエックスに明日から広告が掲載されます。
広告案を自ら作って下さった内藤社長には本当に感謝いたします。

プライムサーチインターナショナルは2006年末に法人登記いたしましたが、当時、私が前職で東京オフィスに出向直後であったため、日本から登記手続きをしました。2007年はコンサル資格の取得や日本・シンガポール間を行き来するプロジェクトに従事していたこともあり、実際に日本の生活をたたんでシンガポールに戻ってきたのは2008年正月のことです。

そこから2年半弱。
かつてのクライアントも帰国されたりと、人脈の乏しい中でのスタートでしたが、本当に多くの方々に出会い、ひとつひとつのご縁に助けられながらささやかではありますが、こうして事業の幅を広げることができましたことに心から御礼申し上げます。一番うれしかったのはお客様がお客様を紹介して下さったり、当社から転職した方の組織に人材をご紹介させていただいたりしたことですね。

この間、リーマンショックによる経済危機も経験しましたし、決して順風満帆な時期ばかりではない2年半でした。

それでも、仕事の中では厳しく時には思いやり深い言葉で私を支え続けて下さったクライアント各社の皆様、当社を通じて新たなキャリアを得て同時にその姿で私が逆に励まされた求職者の方々、酔者の会や経営塾の仲間の皆様、シンガポールに渡ってから早10年以上も親しくお付き合いしているアラフォー女性の皆様(碇さん、ぽめちゃん、たにまゆ、高木さん、福田さん!今度またご飯行こうね!)、無理難題をいつも快く聞いて素敵なホームページを作ってくれたMiwaさん、シンガポール日本語教会の皆様、日本においては横浜のバフバフさん、東京の自称小商人さん、ハゲタカのカズさん、四谷の美樹女史、銀座の細田さん、ヒルズのサトちゃん、そして、1996年のある夏「シンガポールに行ってくるよ、仕事決まったから」という(相談ではなく)報告を受けて面食らいながらも信じて背中を押してくれた大切な日本の両親に心からの感謝を申し上げます。

そして起業する決心をしてシンガポールに戻る直前の2007年11月の末、送別会のために新橋の居酒屋に集まってくれた大学のESSの同期と後輩17名。卒業以来の顔もあった中、夜明けまでデニーズで語り明かした懐かしく大切な仲間たちにも感謝!この2年半、辛い時には皆の顔が浮かんだものでした。起業は本人の気持ちだけではできない。環境と条件もそろわないと踏み出せない。そして起業後、事業を継続することこそ自分一人ではできないこと。多くの人の支えがあって今日があることを心から感謝しています。

最後に、私の大切な家族である愛犬ロンちゃんにもTHANKS !
仕事で忙しい日はお留守番が長かったり、早朝出社のために6時前に起こして散歩に行ったりする中、いつもおりこうにしていてくれてありがとう。キミのぬくもりがいつも元気の素だったよ!

では、皆様、今後ともプライムビジネスコンサルタンシーと川村千秋を何卒よろしくお願い申し上げます。

Prime Business Consultancy Pte Ltd
www.prime-business.biz








1年以上
「こっちのヤツってホント、ほう・れん・そうができないんですよね」

ある日系企業のオフィスにて。
目の前には昨年初めて海外勤務になった日本人の男性駐在員。

確かにあまり相談しないで自分の考えでどんどん仕事を進めてしまうローカル社員は多い。

「だからダメなんですよね、独力でやっちゃって後から言ってくるからねぇ。
 訊けばいいのにねぇ。で、トラブルがあったら早めに報告するとか・・・」

ふーん、そうかもしれないですねぇ・・・と私はコーヒーをいただきながらじっくり表情を観察。

途中、片言の日本語の秘書が書類を持ってくる。
「ふんふん、そうか、じゃあ●●さんに電話しておいて。あ、オレ、この後外出するからね。直帰するし、直帰、チョッキだよ!」

シンガポーリアンの秘書嬢は真剣な顔で指示を聞いていたが、どこまでわかったものか半信半疑。
「チョキ・・・ですか?」
「そうそう、じゃあまだミーティングしてるから」

追い立てるようにドアを指差した。
秘書嬢はそそくさと退散。

彼はかなりの早口。頭の回転もいいんだろうな、仕事のテンポも速いだろうな。
でも、相手の視線では見られない方かも・・・こういう上司だと苦労するな・・・それにしてもこのコーヒー甘いな・・・そんなことを考えながら話の続きを始める。

採用事業をやっていると日頃シンガポーリアンの求職者と話す機会が多い。
そこでは日系企業に対する彼らの本音が聞ける。
上司にも人事にも、もしかしたら同じ会社の同僚にも話さないかもしれない本音だ。

よく聞かれるのが「日本企業は上司とコミュニケーションが取れない」というもの。英語がそもそも苦手な人が多いし、ということは言葉が通じない相手と仕事をするようなもの。

「英語ができるから海外赴任するわけじゃない。仕事ができるから選ばれたんだ」
「日本は憧れの国だろ?日本企業に入れてお前らラッキーと思えよ」
「日本企業に勤めるならローカル社員こそ少しは日本語を学べ」
「別に好きで選んでシンガポールに来たわけじゃない。本社の決定だ」

駐在員の貴方、これを読んで「そっ、そっ、そーなんだよ!」などと頷いてはいらっしゃらないでしょうね?
それって結構・・・カッコ悪い姿です。
そしてそれが態度に出るようになったら貴方の会社は既にアブナイかも。
貴方の会社の社員は人材紹介会社に来て「言葉のよく通じない上司相手に仕事をしてコミュニケーションミスで誤解されて、相当厄介なんです、うちの上司」なんてこぼしているかもしれません。

考えてもみてください。
貴方は中東の某国の日本支社に勤めています。
ある日、某国から駐在員がやってまいりました。

「俺はアメリカが大嫌いだ、よって英語なんか勉強しない。ましては国連公用語にもなっていない極東の島国の言葉なんて知るか(アラビア語は一応公用語ですよね)!」「そもそも俺が東京に来たのは仕事の中身だけを評価されてここにきたんだ。お前ら中東の会社に勤めるならアラビア語を勉強しろ」

会議はアラビア語がわかる人間だけで進める。
日本支社の現地社員は英語もそこそこできるのだが、駐在員がアラビア語しかわからないから結局あとで重要事項はアラビア語会議で決めてしまう。
その議事録はあのミミズが這ったようなアラビア語でしたため、本社へ送信。
本社からのメールも大半がアラビア語だ。

アラビア語中心で進める会議に出たって貴方の耳には情報は入らない。
情報共有が不足しているから、たまに勘違いからくるトンチンカンな発言をしてアラビア人マネジャーたちの冷たい視線にさらされる。
「コイツは仕事出来ないな・・・」
きっとそう思われているだろう。でも、誤解を解くほどこっちはアラビア語ができないし。
えーい、メンドクサイ。放っておくしかない。
最近、社内会議での貴方の存在は空気より軽くなってきた。
一応、貴方は現地社員では一番上。それだけにツライ。

おっと、今度は本社から技術者が大量に派遣されてきた。
製品仕様書も取扱説明書も全てアラビア語だ。
出たばかりの最新機器だから日本語訳が間に合わなかったそうだ。
でも、同じ理由を3年前にも聞いたような・・・
その時の最新機器の取説はいまだにアラビア語バージョンのままだ。
結局、自分が日本語で取説を作った。
で、他の仕事が遅れて日本語とアラビア語のチャンポンで叱られたような・・・

製品のボタンにに貼られているステッカーも全てアラビア語だ。
アラビア語がわからなければ、「うーん、この機能を使うには右から、えっと・・・イチ、ニ、サン、そうか三番目のボタンを押すんだな」と貴方は記憶する。
一事が万事そんな調子だから記憶違いからくる誤操作はよくある。

本社の技術者に訊ねたらアラビア語で言葉を区切るようにしてゆっくり話してくれたが・・・
しかし、アラビア語はアラビア語だ。わかるわけがない。
戸惑ったような微笑みを浮かべて立ちすくんでいると、彼はさっさと手元を動かして仕事を進めてしまう。

貴方は自分に言い聞かせる。
「仕方がない、後でまた試行錯誤してみよう」

「ああ、今日も疲れた。アラビア語学校でも行くかな・・・でもアラビア語なんてこの先ほかでは使うことないだろうし」
オフィスを出ると上司達はアラビア語で楽しそうに喋りながら社用車に乗り込んでいった。
今日もまた中東の水タバコが楽しめるクラブ・シェラザードに行くのかな。
「極東の島国って馬鹿にするけど、その島国で商売させてもらってるだろうが。で、その島国内にもお客さんがいるだろうが。俺たちいなけりゃ、そうしたお客さんとも話できないじゃないか」

ま、いいか。中東なんて観光で行くのはいいけど、俺だってアラビア語しか通じない国なんてゴメンだからな。
その程度のものなんだ、関心なんて・・・
入社した時はこうじゃなかったけどな。憧れてたな、あの国にあの頃は。
現実の生活では言葉がまともに通じない上司の下で働いてコミュニケーションミスで責められるのはいつもこっちだからな。

これは誇張ではなく日常的によくある話。
アラビアを日本に自動変換して読んでください。

「報告しない、相談しない・・・」とローカル社員を責める前に、
「オレには報告しない、オレには相談しない・・・なぜだろう?」と考えてみてはいかがでしょう。

社長室を出た時、秘書嬢は日本語の辞書と格闘していました。
入ってきた電話に応対しながら社長は「見送れなくてスマン!」と言いたげに片手を上げて頭を下げています。
相手に気を遣う方なんだな、本当はいいヒトかも・・・

「あのね・・・チョッキって“直接(家に)帰る”っていう意味。辞書にはないかもね」
そう秘書嬢に英語で伝えてオフィスを出ました。


1年以上
1月は22日から30日まで日本へ出張していました。

着いた夜は仕事絡みではない友人2人とのディナー。
私の大好きな隠れ家系(?)のフレンチに行きました。

極寒の上野公園をとぼとぼ歩いてたどり着いた上野桜木にある一軒家レストラン。かつては金曜の夜なんて前週からじゃないと予約はできない店だったのですが、なんと同じ金曜なのにお客さんは私たちともう1組だけ。

メニューも心なしかお値段安め。
ワインはボトルでしか頼めなかったのに、お手頃ハウスワインをグラスでいただけるようになっていました。

で、お次は知人の経営している銀座の飲み屋へ。
ちなみにおねえさんは居ないフツーの店です。
昔のおねえさん(知人)は居るけど・・・

どこのタクシースタンドにも30台ぐらいタクシーが並んでいます。

上野も銀座も、何よりも人が歩いていない!
知人の店は7丁目にあるので付近は高級クラブが乱立しているのですが、かつてはこの時間帯はそろそろ帰るお客さんを見送るホステスさんたちで賑わっていて、ちょっと別世界だったのですが、その数すらも激減。

ホステスさんが減ったのではなく、お客さんが減った結果でしょう。だから帰る客もぽつりぽつり・・・

「今は終電に間に合うように帰るのよ」
と知人。だからタクシーは深夜でも簡単に拾えるのだそうです。

雑誌には「今夜もおうちごはん」「彼を呼んで手作りディナー」その他、いかに家計を切り詰めるかのノウハウが満載。ファッション誌でも基本は「安カワ(安くて可愛い)」系ファッションの特集で、3千円のトップスとか5千円以下のワンピースとかの特集。

高級ファッション誌でも「安いけど高そうに見える服」だの・・・え~い、往生際の悪い編集め!と思わず思ってしまいましたが、まあこれも読者層と経済環境を考慮しての苦肉の企画でしょう。

そして・・・遅ればせながら30代に入ってからようやく運転免許を取った我が弟。

「で、車なににするの~?」
「いや、買わない」
「だって免許取ったでしょ」
「あれは写真付きの身分証代わり」
絶句・・・・・・・・・・・・・

身分証として使うために何十万も自動車教習所に払うことに経済合理性があるかどうか私には全く理解できないのですが、必要な時にはレンタカーがあるから良い、のだそうです。

う~ん、消費性向は私が日本に居た時代と全く異なっています。

まあ、バブルで浮かれていた我々の世代と異なり、個々の価値観のもとで選択して節約しているならいいのですが。

何でもかんでも他人と競って上を目指していた競争世代と違うんですね。私が新卒で就職した頃なんて、大学の同期(女子3%の大学なのでほぼ全員が男子)なんて初年度夏のボーナス頭金にして皆、車買ってました・・・(泡・泡・泡)

質実剛健になったのならそれはそれで社会の成長なんでしょうが、それ以上に本当に景気が悪い、先行き暗い、デフレの嵐、昇給なしでボーナス減額、だからモノが買えない・・・のが現状のようでした。

三次会はお決まりの昭和通り沿いのデニーズ。
ここも大半の食事メニューが800円台。
企業努力してるな~、とちょっと感心。

今回の滞在の極めつけは、TOSHIBAの1GBのノートブックPCが43,000円で買えてしまったこと。加えてポイントカードには7000円分のポイントがついて、しっかり免税手続きも取ったから、ここでも2000円少々バックされました。

ということは差し引き3万代で買えてしまったということ。

う~ん、情勢の変化に文句を言わずにただひたすら企業努力で自らを合わせていく日本人の頑張りと従順さには頭が下がるけど。

これで本当にいいんだろうか・・・

かなり複雑な思いを重ねた滞在でした。

1年以上
いよいよ2010年の幕開けです。
皆様、昨年中は応援ありがとうございました。

なかなか頻繁にブログ更新できませんでしたが、それでも遠く北米や欧州からメールをいただくこともあり、改めてインターネットの威力を知るとともに、遠く海外で同じように頑張っていらっしゃる日本人の方々がいらっしゃることを実感し、感謝の思いでいっぱいでした。

さて、今年は我がPRIME SEARCH INTERNATIONALは大きく変わります。
日本からシンガポールへ進出する企業、シンガポールから日本へ進出する企業双方の市場参入プロジェクトを包括的にサポートする新会社・PRIME BUSINESS CONSULTANCY PTE LTD (プライムビジネスコンサルタンシー株式会社)を昨年末に設立し、今後、人材紹介以外の分野でも幅広くコンサルティングをさせていただくことになりました。現在、ホームページ制作中。あと1か月ぐらいで出来上がる予定です。

人材紹介事業については事業免許を新会社名でMinistry of Manpower (人材資源省)に申請し、それが取得できてから現行免許を消滅させ事業を移管する方法を取りますので、まだしばらくはPRIME SEARCH INTERNATIONALの名前で人材紹介業を行うことになりますが、数か月のうちには新会社へこの事業も統合し、進出検討、市場参入、会社設立、人材獲得という一連の流れをワンストップでご提供させていただく予定です。

PRIME SEARCH INTERNATIONALの設立自体は2006年11月なのですが、2007年中は日本とシンガポールを往復してヘッドハンティングの案件に取り組んでおりましたので、完全にシンガポールに居を戻してビジネスを始めたのは2008年1月からのことでした。

そこから2年。あっという間の2年間でしたね。
その間にはリーマンショックによる不況もありましたし、想定外の厳しい状況も経験しました。

未熟な経営者に温かい励まし、時には厳しいアドバイスを下さったクライアント様、先輩ビジネスマンの方々、面接でお会いするたびに13年前の自分のシンガポール就職時を思い出させて下さった求職者の方々、そして遠く離れたシンガポールで単身起業するという暴挙に出た娘に、文句も言わず常に温かく見守ってくれた日本の両親に感謝したいと思います。

私には、それこそTVシリーズ"SEX & THE CITY”に出てくる4人組のような女性の友人たちがシンガポールにいるのですが、その彼女たちにも心からありがとうを言いたいです。私が素の自分に戻って思いきり笑い合える、かれこれ10年以上付き合っている仲間たちです。

そうそう、私の最愛のパートナー、Ron君にも感謝!
ちなみに、彼は「四足、尻尾つき」の愛しい同居人でございます。^^!
時として人間以上に私の感情を読み取り、嬉しい時にも悲しい時にも常に余計なことは言わずに(あたりまえ?)そっとそばに寄り添ってくれていた大切な家族です。

新年の抱負などという大それたものはありませんが、今年もコツコツと真面目かつ楽しく夢を追っていきたいと思います。

そして2010年が皆様にとりましても実り多い1年となりますことをお祈りいたします。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2009_06290011


Prime Business Consultancy Pte Ltd
Prime Search International
川村 千秋



国際都市シンガポールで暮らすコンサルタントの異文化日記

作者:Chiaki Kawamura

国際都市シンガポールで暮らすコンサルタントの異文化日記

アジアの玄関シンガポールに暮らして早10年。海外就職、リストラ、海外転職、日本(逆)駐在の波乱万丈を乗り越えて、シンガポールに人材サーチ会社を設立。夢は大きくワールドワイド。世界に羽ばたくチャレンジャーのために。そんな日本人女性経営者の異文化日記。

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