Welcome!

国際都市シンガポールで暮らすコンサルタントの異文化日記

1年以上
c2a87d7e.jpg日本滞在中にシンガポールのオフィス宛に政府それもMinistry of Manpower (MoM)から調査書類が来たとの連絡がありました。
ここは直訳すれば人材資源省とでも言うべき省で、人材紹介業のビジネスを始めるにあたって認可をいただく元です。

日本事務所に早速、転送してもらいました。 
「何だかな~、色々調べられるのかな~」
別に調べられて困ることはないのですが、どうしても日本人はこうした時、悪い展開、メンドクサイ展開になることを予想しがちです。

数日後、封筒が届き開けてみると...
おや~ん?
「人材資源省のサービスについてのアンケート」だったのです。
つまり、「最近の私共のサービスについてユーザー側としてご意見承りたく」という内容だったのです。

項目は細かく分かれ、就労ビザ取得について、紹介業の申請から認可までのプロセスについて、各種の規約変更について、「情報提供は充分であったか?」「窓口での対応は?」「パンフレット等は理解しやすかったか?」。

そして、「3年前と比べて今はどうか?」。
全て5段階評価で査定できるようになっていました。

クライアント企業の社長が来日された際、「シンガポール政府というのは、国に貢献してくれる企業に対しては May I help you ? という姿勢なんだよね」と仰っていたことを思い出しました。

公務員のことを英語でCivil Servant と表現します。訳して「公共の使用人」。
なるほどね...
資源もなにも無かったこの国が30余年の間に経済大国に成長したのは、ひとえに外資を積極誘致したせいだと聞きます。

既にシステムが出来上がった今でも、May I help you ? の精神を忘れない国。
そしてフィードバックしたコメントは何らかの形で結果に反映される可能性が極めて高い国。

育て甲斐がある、なんて言ったら不遜ですが、そう感じられるのがシンガポール政府なのです。

それにしてもアンケートは長かった...
1年以上
2cda8c94.JPG振り返ってみると私が海外就職を思い立った10年前、そのハードルはかなり高かったと思います。これは要求される人材能力としてのハードルが高い云々ではなく、単純に「情報がないっ!」というハードルの高さでした。

それまでもシンガポールへは出張や旅行で何度も出かけてはいましたが、「滞在する」ことと「働き、暮らす」ことの違いは当然大きいわけです。社会システム、生活環境、税制。。。そしてなによりも、自分がシンガポールという国で市場価値を持つ人材であるかどうか。つまりは「やっていけるのか?食っていけるのか?」という不安です。

当時はインターネットなど普及していなかったし、メールも社内で限定的に使用される程度のIT環境でした。

求人情報すら満足に得られない中、日本シンガポール協会、アジア経済研究所、都内の公立図書館に何度となく足を運び、ついには日本橋の書店「丸善」で1部千円以上も出してシンガポールの現地新聞を購入。しかし、週末版に入れられる求人情報特集は別冊扱いになっており日本へは入荷されず。。。こういう空振りはいくつも経験しました。

しかし、そうした「ハードル」の高さは今のようにクリックひとつで現地情報が得られる環境にいるより、熱意と執着(?)を掻き立てるには良かったのかもしれません。今、思えばとてつもないエネルギーと行動力を生み出したと思います。

シンガポールで働くことに関心を持ったのは1996年の2月。その3ヵ月後のゴールデンウィークには履歴書10通を抱え、面接のために現地に飛んでいました。

まずは、都内のホテルのビジネスセンターからとてつもなく高い国際通信料を払って履歴書と職務経歴書を現地の人材紹介会社に送りました。テレフォンカードを何十枚も用意し、会社の昼休みに公衆電話から「仕事を紹介して下さい」という売り込み電話もかけました。

とにかくやれるだけのことはやってみよう。オファーが出れば決定権は自分が握れる。しかし、オファーにありつけなければそれすらもできずに終わってしまう。
「後悔しないために」。
その一念だったと思います。

履歴書を送った先の人材紹介会社から「何社か会いたい(というより、「会ってもいい」程度の感触でしたが)という企業が出てきましたから、面接のために一度こちらに来られますか?」という短い返事だけを頼りに飛行機に乗りました。

全てが変わったのはこの時であったと思います。
この時、「受かるかどうかもわからないし」「受かったところで現地の生活が肌に合うかどうかもわからないし」「行くだけでもお金も時間もかかるし」という戸惑いに負けていたらその後の自分はなかったと思います。

後年、人材ビジネスに入ってから再びこの思いを新たにするのですが、世の中には「踏み出せる人」と「踏み出せない人」の二通りしかいないのではないか、と。勿論、踏み出せない事情は色々とあるでしょう。しかし、同じようなチャンスは二度とは巡ってこないものです。

仮に、踏み出した後、元の場所に戻ったとしても、それは「元いた場所に戻る」のではなく、「全てを納得して元いた場所に新たな気持ちで向かえる」わけです。それは具体的行動を取らずに元の場所にとどまっていたこととは全く違うことだと思うのです。

「後悔しないために、踏み出してみる」
この言葉はその後、全てに対しての行動基準になりました。


次回からはシンガポールでの就職活動の様子を思い出しながら書いてみたいと思います。

ここから、私の本当の波乱万丈人生が始まったのかもしれませんが。。。



1年以上
6e84e87d.jpgこのたびブログを開設することになりましたペンネーム:ランでございます。
LivedoorにID登録して、この画面にたどりつくまで2時間ぐらいかかってしまいました(汗)。
先が思いやられますが、めげずに書いてまいります。

さて、この「ラン」というペンネームは、勿論、私の愛する第二の祖国、シンガポールの国花から勝手に頂戴いたしました。

今日はシンガポールの独立記念日。
全くの偶然なのですが、私のブログも今日からスタートします。
これも何かの縁なのかな、と。

ランはこのシンガポールに暮らして早10年になります。
プロフィールを作成していて、我ながらよくもまぁ...と絶句するような波乱万丈の半生を送ってまいりました。

日本での安定した職場を辞めて、海外就職→海外リストラ→海外転職→日本へ(逆)駐在→退職→シンガポールに舞い戻り→起業!ですからね。

最初の会社でいただいた日本支社への転勤辞令をあっさり断って退職。
就労ビザが切れてからは、パスポート片手に隔週ごとに隣国マレーシアまでビザ更新にまいりました。

すっかり落ち込んでいた私にシンガポール人の友人曰く、「あのさ~、明日、国がなくなっちゃうような人も世界には沢山いるんだよ~」。

そ、そうだ! トム・ハンクス主演の映画「ターミナル」のような話は歴史の中にいくらでもある。おお、この大らかさ。さすがは華僑の末裔。明るく図太く生きている。

そんなシンガポールは世界に向けたアジアの玄関。
チャンギ空港の旅客数は成田を大きく引き離してアジア2位(僅差で1位は香港)だし、「生活の質・世界ランキング」では堂々のアジア1位。世界中から多くの人が働き暮らしにシンガポールにやって来る。

ランのブログでは、そんなシンガポールをひとりの生活者の目から眺めて書いていきたいと思います。

勿論、海外就職、海外生活に関する情報提供、意見交換の場としても期待していてくださいね。

1年以上
ミャンマーの首都ヤンゴンで取材中だったジャーナリスト長井さんが軍によって射殺されました。最期までビデオカメラを離さずに息を引き取ったその姿に不屈のジャーナリスト魂を感じた人は多かったことでしょう。

シンガポールで最初に勤めた医療サービス会社で、私はアジア太平洋地区のマーケティングを担当していました。医療水準の低い国で在留外国人への医療サービスを提供する会社でしたから、当然、出張先は「生水の飲めない国」ばかり。ミャンマーにも10回近く訪れたことがあります。

ヤンゴン市内のインヤレイクという静かな湖のほとりにあるインヤレイクホテル(当時の名前)の敷地内に勤務先が直営するクリニックがありました。ここで欧米人医師とミャンマー人医師が協力して企業会員の駐在員に対して欧米諸国水準の医療を提供するのが事業内容でした。

出張は2泊3日程度の短いものが中心でしたが、一度、出張中にJICAのミッションの方々がお越しになるとのことで1週間以上滞在したことがあります。夕方6時ごろに仕事が終わると長い夜が始まります。インヤレイクホテルに滞在していましたから、クリニックからわずか2分で部屋に戻れてしまい、そこからはNHK衛星を見るしか過ごし方がないのです(それも2時間時差なので夜10時には終了)。

街中で英語は通じないし、公道からかなり深く入った森の中にホテルがあったので容易に外に出ることもできず、全くの軟禁状態(あの勇気ある女性と同じ環境に身を置けたことはある意味光栄?)。そこで、思い切ってホテルにガイドとリムジン(といっても普通車)を用意してもらい、夕方からヤンゴン市内観光に出掛けました。1998年のことです。ガイド料と車代で25ドルでした。ミャンマーの物価から言えば大変贅沢な値段になります。

政府からの許可証を胸につけた28歳の青年がガイドとして迎えに来ました。
まず、向かったのはスーレーパゴタ。長井さんも死の前日に撮影された場所です。夕方のヤンゴンは帰宅途中の人で混んでいましたが、それでも日本や周辺諸国に比べればのんびりとしたもの。車もそれほど多くはありませんでした。

スーレーパゴタは市内の中心にあり、仏教徒が大半を占めるヤンゴン市民の心の拠り所といった存在。入り口で靴を脱ぎ、建物内に入ります。仏像のある建物を取り巻くように回廊があり、パゴタでは必ず時計と逆周りに回らなくてはならないそうです。足元をヤモリがたくさんチョロチョロしていましたが、不思議と気にならなかったのはその荘厳で神聖な雰囲気に圧倒されたからでしょうか。

印象的だったのは、帰宅途中の家族連れ、恋人同士が静かに祈りを捧げていたこと。
両親の横にちょこんと子供も座り、静かに仏像に向かって拝んでいたのが心に残りました。決して豊かとは言えない日常生活の中で、仏に、自分の心に向き合うゆとりを持って生活しているミャンマーの人達。物質文明に囲まれた先進国で忘れてしまっている謙虚で清貧な生活。仏教徒ではない私も、思わずひざまずき手を合わせてしまいました。

その後、ガイド君は湖に浮かぶ客船に案内してくれました。レストランになっているそうなのですが、なぜかこの日はお休み。ということで、わざわざ車を降りて定休日のレストランの外側を観に行ったというちょっとおマヌケな展開。

今から10年近く前ではありますが、首都ヤンゴンと言っても電力供給が充分でなく、街全体が薄暗かったことが印象的でした。

正直、あまり観光するスポットは無かったヤンゴン。しかし、一生懸命、英語でミャンマーの歴史を含めて説明してくれるガイド君の姿が思い出に残った数時間でした。

最後に「これチップだから受け取って」と10ドル札を差し出した私に、ガイド君は「お金は規定料金を貰っています。だからこれは受け取れない」と固辞。「いいじゃない、感謝の気持ちなんだから」と言うと、「僕は政府公認のガイドです。これを受け取るのは倫理規定に反します」。

ともすればチップをねだってくる国にばかり出張していた私にとってはちょっとショックにも近い感動を覚えました。

もっと勉強して優秀なガイドになる。ガイドの仕事ぶりで外国人客はミャンマーを理解してくれるかどうかが分かれる。だから、この仕事に誇りを持っている。日本人のお客さんが増えたら日本語も勉強したい。そんなことを熱く語ってくれました。

あれから9年。今、彼はどうしているだろうか、と長井さん関連の報道番組を見ながら思いました。愛国心に満ちた彼のことであるから、もしかして民主化運動に早々と身を投じているかもしれません。生きていて欲しい、そしてあの静かで穏やかなミャンマーに日本人のお客さんが多く訪れて、その前で誇らしげにガイドをしている彼が見たいと思いました。

寺院からのお経の響きと藍色に染まった空に浮かぶ月。祈りを捧げる家族連れ。素足にひんやりと伝わるスーレーパゴタの石の床。

長井さんの死でミャンマーという国に対して日本人の目が初めて向いたのではないかと思います。平穏に見えて実は軍事政権で自由と人権を取り上げられた国、ミャンマー。どの取材先においても平和を欲する人々をカメラで追い続けた長井さんは、その死を持ってこの国の平和運動を推進させる貢献をなさったのではないかと思います。

丁度、日本の実家に戻ってきていたこの週末、明日8日に青山葬儀所でお葬式があることを知りました。三連休を実家で過ごそうと思っていましたが、明日の朝、上京し参列することにしました。その後は北品川のミャンマー大使館前での民主化の呼びかけに参加しようと思います。

ミャンマーのために。そしてあのガイド君の将来のために。


国際都市シンガポールで暮らすコンサルタントの異文化日記

作者:Chiaki Kawamura

国際都市シンガポールで暮らすコンサルタントの異文化日記

アジアの玄関シンガポールに暮らして早10年。海外就職、リストラ、海外転職、日本(逆)駐在の波乱万丈を乗り越えて、シンガポールに人材サーチ会社を設立。夢は大きくワールドワイド。世界に羽ばたくチャレンジャーのために。そんな日本人女性経営者の異文化日記。

7日 15 総合 3494 いいね

↑投票してね!

人気投票ボタン配置はこちらから



Chiaki Kawamuraさん新着記事



過去記事

Chiaki Kawamuraさんへの新着コメント




シンガポールブログ・Facebookページ人気ランキング

1位 パソコン・アイフォン修理専門店のスタッフブログ
2位 100%シンガポールライフ (旅行と写真) Singapore life
3位 シンガポールの素顔
4位 Lilyのお茶時間inSingapore
5位 シンガポールで合コン、サークル、婚活パーティーなら★SG Party★
6位 えちごや日記@シンガポール
7位 アンティと呼ばれて30年@シンガポール
8位 世界初‼︎ヘッドスパ・頭皮ケア・髪のトリートメントケアに特化した専門美容室 日本本店@北九州小倉北区


あなたのブログ・Facebookページをもっと多くの人に読んでもらいませんか?シンガポールでのブログ・Facebookページをお持ちの方は是非ご登録下さい。

ブログ・Facebookページ登録